「もっと背筋を伸ばして」と言われる悲しみ
ご家族や友人から、よかれと思ってこんな言葉をかけられたことはありませんか?
「背中、丸まってるよ」 「もっとシャキッとしなさい」
そのたびに、「自分だって伸ばしたいのに、できないんだ」と、悲しい気持ちや悔しい気持ちになったことがあるかもしれません。 鏡に映る自分の姿が、以前より老け込んで見えたり、記念写真に写るのが嫌になったりして、外出の服を選ぶのさえ億劫になってしまう……。
姿勢の悩みは、単なる「見た目」だけの問題ではありません。 「自分らしさ」や「自信」に関わる、とてもデリケートで切実な問題です。
まず、はっきりとお伝えします。 あなたの姿勢が悪くなっているのは、あなたの意識が低いからでも、怠けているからでもありません。 パーキンソン病特有の筋肉のこわばりや、脳のバランス感覚の誤作動が引き起こしている「症状」なのです。
だから、どうかご自分を責めないでください。 「気合い」で治すのではなく、「体の仕組み」を知って、物理的に整えていくアプローチが必要です。
なぜ、体は丸まり、傾いてしまうのか?
パーキンソン病の方の姿勢変化には、いくつかの特徴的なパターンがあります。
- 前傾姿勢(ぜんけいしせい): 首や腰が曲がり、前のめりになってしまう状態。
- ピサ症候群(斜め徴候): 体が左右どちらかに、ピサの斜塔のように傾いてしまう状態。
- 首下がり(ドロップヘッド): 頭を支える首の筋肉のバランスが崩れ、顎が胸につくほど下がってしまう状態。
これらの原因の多くは、**「固縮(こしゅく)」と「感覚のズレ」**にあります。
① 固縮(筋肉の鎧) パーキンソン病になると、筋肉が常に緊張し、縮こまろうとする力が働きます。 人間の体には「体を丸める筋肉(お腹側)」と「体を反らす筋肉(背中側)」がありますが、この病気では特にお腹側や胸側の筋肉(屈筋)が強く縮む傾向があります。 そのため、体は自然と丸まる方向へ、強いゴムで引っ張られるようになってしまいます。 まるで、小さくて窮屈なウェットスーツを一日中着ているような状態です。これでは、いくら「背中を伸ばそう」と思っても、前側の筋肉の鎧が邪魔をして伸びません。
② 感覚のズレ(脳の誤解) これが非常に厄介なのですが、長く傾いた姿勢でいると、脳がその傾いた状態を「これが真っ直ぐだ」と誤解して記憶してしまいます。 これを専門用語で「身体図式(ボディ・スキーマ)のズレ」と言います。 そのため、リハビリで鏡を見ながら正しい位置に直すと、ご本人は「すごく右に傾いている気がする!怖い!」と感じることがあります。 脳の中にある「水平器」が狂ってしまっているのです。
悪い姿勢が引き起こす「負の連鎖」
姿勢が崩れると、見た目以外にも様々な不調が現れます。
- 痛み(腰痛・背部痛): 無理な姿勢を支えるために腰や背中の筋肉が常に引き伸ばされ、悲鳴を上げます。これが慢性的な痛みの原因です。
- 呼吸が浅くなる: 猫背になると胸郭(肺が入っているカゴ)が広がらず、呼吸が浅くなります。酸素が十分に取り込めないと、疲れやすくなったり、声が小さくなったりします。
- 飲み込みにくくなる(誤嚥): 首が前に落ちると、喉の空間が狭くなり、食事や水分が飲み込みにくくなります。
- メンタルの低下: 「うつむく」という姿勢は、心理的にも気分を落ち込ませます。逆に、胸を開いて上を向くだけで、気持ちが前向きになることは科学的にも証明されています。
「伸ばす」のではなく「緩める」ことから
では、どうすれば姿勢は良くなるのでしょうか? 多くの人がやりがちな間違いが、「背筋(背中の筋肉)を鍛えればいい」と思って、一生懸命背中を反らそうとすることです。
しかし、前側の筋肉(胸やお腹)がガチガチに固まっている状態で、後ろ側(背中)を縮めようとすると、体は前後から押しつぶされてしまい、かえって痛みを増してしまいます。
大切なのは、まず縮こまった前側の筋肉を**「緩める」**ことです。 固まった鎧を脱ぐように、ゆっくりとストレッチをして筋肉の長さを取り戻します。
- 緩める: 胸を開くストレッチ、お腹を伸ばすポーズなどで、前側の緊張を解きます。
- 整える: 鏡や壁を使って、脳の「水平器」のズレを修正します。「これが真っ直ぐなんだ」と脳に覚え込ませます。
- 鍛える: 正しい位置をキープするために、必要な体幹の筋肉を鍛えます。
リハトレスタジオ世田谷では、この3ステップを大切にしています。 特に「緩める」ことに関しては、ご自身では難しい場合も多いため、理学療法士が徒手療法(マッサージやストレッチ)でしっかりとサポートします。
良い姿勢は、良い人生をつくる
姿勢が整うと、視線が上がります。 視線が上がると、周りの景色がよく見えるようになり、表情も明るくなります。 呼吸が深くなり、声も出しやすくなり、人と話すのが楽になります。
「もう歳だから」「骨が固まっているから」と諦める必要はありません。 完全には戻らなくても、今より少し胸が開くだけで、生活の質は劇的に変わります。
以下の記事リストでは、自宅でできる「猫背解消ストレッチ」や、痛みを和らげるクッションの使い方(ポジショニング)などを紹介しています。 まずは、凝り固まった体を優しくほぐすことから始めてみましょう。 深呼吸ができる気持ちよさを、もう一度思い出してください。

