今回は、「膝を伸ばして」と言っても動けないパーキンソン病の方が、「膝裏を椅子に当てて」と言われると立ち上がれた。
そんな現場の不思議と、その裏にある科学的な根拠についてお話しします。
私たち理学療法士が日々のリハビリで直面する、「言葉は届いているけど体が動かない」という現象。特に、パーキンソン病の方に多く見られます。
このブログでは、そのような現場での一場面から、「外部キュー」の力について掘り下げていきます。そして、ある英語論文を紹介しながら、科学的な視点も交えて「どうしたらもっとリハビリがうまくいくのか」を一緒に考えていきましょう。
「膝を伸ばして」と言っても、膝が伸びない
パーキンソン病の方が椅子から立ち上がろうとするとき、こんな場面ありませんか?
「膝を伸ばして」って言ったのに、全然反応がない…。
一見、シンプルな動作指令。でも、体はピクリとも動かない。
しかし次の瞬間、
「膝裏を椅子にピタッと当ててみてください」
この一言で、スッと立ち上がれた。

「まさに“ことばの選び方”で動きが変わる場面です。抽象的な指令ではなく、身体と環境を結びつけたキューが鍵なんです」
そのカギは「外部キュー」にある
パーキンソン病は、運動を自発的に始めたり、滑らかに続けたりするのが難しくなる疾患です。
専門用語で言えば、「運動の開始・切り替え・持続」に障害が出る病気。
これは、脳内のドーパミンの減少により、内発的な運動プログラムがうまく働かなくなるためと考えられています。
その一方で、「外からの刺激=外部キュー」には反応しやすい傾向があります。



「“動いてください”より、“この線の上を歩いてください”のほうがスムーズに歩ける人、よくいませんか?これも外部キューの効果です」
リハビリ現場で使える「外部キュー」の例
• 「足を前に出して」→「つま先をあのマットにのせて」
• 「姿勢をまっすぐに」→「頭のてっぺんを天井に近づけて」
• 「腕を上げて」→「肩を耳に近づけてみて」
これらはすべて、「身体の一部と外部環境」を結びつける具体的な指示です。
パーキンソン病の方は、このような視覚や触覚の手がかりを使うと、驚くほど自然に動けることがあります。
科学的な裏づけ:膝伸展も改善する外部キューの効果
ここでご紹介したいのが、香港理工大学のMakらによる2004年の研究です。
この論文では、パーキンソン病の方が座位から立ち上がる動作において、視覚+聴覚のキューがどれほど効果的かを検証しています。
実験方法
• パーキンソン病の方15名と健常者15名が参加
• 「自分のタイミング」と「外部キュー」の2パターンでSTSを実施
• 膝関節や股関節のトルク、立ち上がり時間などを計測
その結果……
• 外部キューありの方が、膝伸展トルク(膝を伸ばす力)が大きくなった
• 動作にかかる時間が短縮された
• 健常者とのパフォーマンス差がほぼなくなった



「膝を伸ばせない=筋力が足りない、とは限りません。“伸ばしていいよ”という信号が、脳から出にくいだけなんです」
なぜ膝が伸びたのか?メカニズムを考える
Makらの論文では、「フィードフォワード信号が促進された」と述べています。
要するに、運動の準備段階が、視覚や聴覚の刺激によって助けられた、ということです。
また、外部キューによって身体重心の速度も高まっており、「全身の立ち上がる勢いがついた」ことも示唆されています。
これはまさに、現場で見られる「膝裏を椅子に当てて」というキューの効果と一致します。
このようなキューの使い方は、短い保険リハビリ時間内では指導しきれない部分もあります。
そのため、リハビリではより丁寧に、
• どういう声掛けが合っているか
• どのタイミングでキューを出すと効果的か
• ご本人の反応を見ながらキューをアレンジ
といった“オーダーメイドな支援”が可能になります。



「こういう“ちょっとした工夫”こそが、自費リハビリの価値だと思っています。制度に縛られない支援が必要な方、たくさんいますよね」
まとめ:パーキンソン病と外部キューは相性がいい!
今回のまとめです!
• 「膝を伸ばす」など抽象的な命令は、パーキンソン病の方には伝わりづらいことがある
• 視覚・触覚・空間的なキュー(=外部キュー)を使うと、運動がスムーズになる
• 膝伸展トルクや立ち上がり速度も、外部キューで改善される可能性がある
• 理学療法士の声掛け・関わり方次第で、動作がガラッと変わる
• 自費リハビリでは、こうしたアプローチの実践と定着がしやすい
参考論文
Mak MK, Hui-Chan CW. (2004).Audiovisual cues can enhance sit-to-stand in patients with Parkinson’s disease.Neurorehabilitation and Neural Repair, 18(3), 199–205.
URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15372590
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