「青信号が点滅したとき」の恐怖
「横断歩道を渡っている途中で、信号がチカチカと点滅し始めた。焦って急ごうとした瞬間、足が地面に張り付いたように動かなくなってしまった」
「家の狭い廊下で、トイレに行こうと方向を変えた瞬間、足がもつれて転びそうになった」
これは、パーキンソン病の方から最も多く聞く悩み、「すくみ足(Freezing of Gait)」のエピソードです。 もし、あなたにも思い当たる節があるなら、その瞬間どれほど怖い思いをされたか、胸が締め付けられるような不安を感じたか、私たちはよく理解しています。
「また止まってしまうかもしれない」 「次は転んで骨折するかもしれない」
そんな恐怖心から、外出がおっくうになり、家の中に閉じこもりがちになってしまう方も少なくありません。 しかし、歩くことをやめてしまうと、体力は驚くほどのスピードで落ちていき、余計に歩けなくなるという悪循環に陥ってしまいます。
どうか、諦めないでください。 「すくみ足」は、根性や気合いで治すものではありません。脳のクセを知り、ちょっとした「コツ」を使うだけで、嘘のようにスッと足が出る瞬間を作ることができます。
ここでは、リハビリのプロが現場で使っている「歩行の攻略法」を包み隠さずお伝えします。
なぜ、足はすくんでしまうのか?
不思議な経験をしたことはありませんか? 何もない平らな床では足が出ないのに、「またいでください」と言って床に線を引くと、スタスタとまたげることがあります。 あるいは、目の前に階段があると、手すりを持ってリズムよく登れたりします。
「足が動かないはずなのに、なぜ?」と思いますよね。これを医学用語で**「矛盾性運動(むじゅんせいうんどう)」**と言います。
実は、私たちの脳には、歩くための回路が大きく分けて2つあります。
- 自動操縦モード(無意識): 何も考えずに、リズムよく歩く回路。
- 意識操縦モード(意識的): 「足を上げよう」「またごう」と意識して歩く回路。
健康なときは、1の「自動操縦モード」を使っています。考え事をしていても歩けるのはこのためです。 しかし、パーキンソン病になると、ドパミン不足によって、この「自動操縦モード」のスイッチが入りにくくなります。今まで無意識に出ていた「いち、に、いち、に」という指令が、脳の中で途切れてしまうのです。これがすくみ足の正体です。
しかし、希望はあります。 もうひとつの**「2. 意識操縦モード」は、病気の影響をあまり受けずに残っていることが多いのです。 つまり、「無意識」ではなく「意識」をして歩く方法に切り替えれば、脳は再び指令を出し始めます。**
脳を騙して(だまして)歩く「魔法のスイッチ」
リハビリでは、残っている「意識操縦モード」を強制的に起動させるために、外からの刺激(きっかけ)を使います。これを専門用語で**「キュー(Cue)」**と呼びます。 これこそが、すくみ足を解除する魔法のスイッチです。
代表的な3つのスイッチをご紹介します。ご自分にはどれが効きそうか、試してみてください。
① 目からのスイッチ(視覚キュー) 「歩こう」とするのではなく、「目標物をまたぐ」という意識に変えます。
- 床の模様や、タイルの継ぎ目を目印にしてまたぐ。
- 横断歩道の白い線を「またぐ目標」にする。
- 杖の先や、自分の足の爪先を見るのではなく、数メートル先を見る。
② 耳からのスイッチ(聴覚キュー) リズムに合わせて体を動かすことで、脳のエンジンを再始動させます。
- 「イチ、ニ、イチ、ニ」と声に出して歩く(心の中で唱えるだけでもOK)。
- 好きな歌を口ずさみながら歩く。
- メトロノームのアプリなどを使って、一定のリズムを聞く。
③ イメージのスイッチ(認知キュー) 脳内で具体的な動作をイメージします。
- 「目の前に大きな水たまりがある」と想像して、それをまたぐつもりで足を上げる。
- 「かかとから着地する」ことだけに集中する。
最初の一歩が出ない時の「重心ゆらし」
「歩き始めの第一歩が出なくて困る」という方におすすめなのが、**「横ゆらし」**です。
両足が地面にベッタリついた状態で、いきなり足を前に出そうとしても、重心が残っていて足は上がりません。 歩き出す前に、その場で小さく「右、左、右、左」と体重を左右に揺らしてみてください。 体重が片方に乗ったタイミングを見計らって、反対の足をスッと出すと、スムーズに動き出せることがあります。
焦って無理やり足を出そうとすると、上半身だけが前に突っ込んで転倒の原因になります。 「出ないな」と思ったら、一度深呼吸をして、体を左右にゆらゆら揺らす。 これを合言葉にしてください。
最も危険なのは「方向転換」
すくみ足の方にとって、最も転倒リスクが高いのが「Uターン(方向転換)」の瞬間です。 急に後ろを振り向こうとすると、上半身は回っても足がついてこず、足同士が絡まって転んでしまいます。
これを防ぐテクニックは、**「時計回り」**です。 足をクロスさせず、時計の針のように細かく足踏みをしながら、大回りで回ってください。 「急がば回れ」です。 誰かに呼ばれても、急に振り向いてはいけません。一度立ち止まり、安全に体ごと向き直ってから返事をする癖をつけましょう。
「ながら歩き」は禁止です
パーキンソン病の方にとって、「歩くこと」は高度な集中力を要する作業です。 「考え事をしながら」「おしゃべりをしながら」「スマホを見ながら」歩くと、脳の処理が追いつかず、足が止まってしまいます。
歩くときは、「歩くこと」だけに集中してください。 ご家族の方も、歩いている最中に話しかけるのは控えてあげてください。話すときは、一度安全な場所で立ち止まってから。これだけで、転倒のリスクはぐっと減ります。
あなたに合った「歩き方」を見つけましょう
すくみ足は厄介な症状ですが、決して「歩けなくなる」わけではありません。 脳のスイッチの入れ方さえマスターすれば、あなたはもっと自由に、もっと遠くまで歩いていけます。
以下の記事リストには、具体的なすくみ足対策の動画や、家の中でできる転倒予防の工夫などを集めました。 「これなら自分にもできそう」と思えるものが、きっと見つかるはずです。
もし、記事を読んでもうまくいかないときは、ぜひスタジオにご相談ください。 すくみ足のタイプは人それぞれです。あなたの脳と体に一番響く「攻略法」を、一緒に探しましょう。

