今回は、若年性パーキンソン病の体験談を探している方に、一冊の本を紹介します。
『助けてと言える勇気 〜若年性パーキンソン病と共に生きる、母として、私として〜』。著者は、イラストレーターの dokukinoko(どくきのこ)さんです。
私は理学療法士として10年以上、パーキンソン病をはじめとする神経難病の方のリハビリテーションを行ってきました。専門は神経筋障害領域で、認定理学療法士の資格を持っています。仕事柄、パーキンソン病に関する本はひととおり読んできたつもりでした。
それでもこの本には、教科書にも研究論文にも書かれていない大切なことがたくさん書かれていました。
特に第4章、読みながら、胸が熱くなってしばらく本を閉じられませんでした。
『助けてと言える勇気』とはどんな本か
著者の dokukinoko さんは、明治大学文学部を卒業後、大手メーカー勤務を経てフリーのイラストレーターになった方です。
岡田晴恵先生の『なぜ? どうして? 子どもと大人の疑問に答える 新型コロナウイルス ハンドブック』の挿絵を担当され、LINEスタンプは200種類以上を制作。いじめ・自殺防止コンテストの「ゆるキャラ」部門で最優秀賞も受賞されています。
その方が若年性パーキンソン病を発症し、左手足が思うように動かなくなり、それでも描き続けながら一年以上をかけて作り上げたのが本書です。2026年8月刊行。文章もイラストも、すべてご本人の手による愛のこもった書籍です。
本書はAmazonのみでの販売で、紙の本しかありませんが、ぜひお手に取って欲しい書籍です。
そもそも若年性パーキンソン病とは
パーキンソン病は、脳の黒質にあるドパミン神経細胞が減少することで、動作緩慢、筋強剛、振戦(ふるえ)、姿勢保持障害といった運動症状が現れる病気です。便秘や嗅覚の低下、抑うつ、意欲の低下といった非運動症状を伴うこともあります(参考:難病情報センター「パーキンソン病」)。
このうち、40歳以下で発症したものを若年性パーキンソン病と呼びます。
医学的な定義はこれだけです。しかし実際の生活は、この定義の外側にあります。
働き盛りの年代である。子育ての真っ最中である。同年代に同じ病気の人がいない。見た目には分かりにくい。この四つが重なったとき、何が起きるのか。本書はそれを、当事者のリアルな言葉で綴られています。
子どもを愛しているのに、体が動かない
第4章に、「子どもたちを愛しているのにうまく動けない苦しみ」という一節があります。
著者は二人の小さなお子さんを育てておられます。上のお子さんの妊娠・出産を経て、二人目の妊娠中にすでに症状が出はじめていたそうです。そこから紆余曲折があり、最終的にパーキンソン病の診断がつき、支援が始まるまでの長い期間を、下のお子さんの子育てと並行して過ごしてこられました。
そこで書かれているのは、愛情がないことの苦しみではありません。愛情はあるのです。むしろ、あふれるほどある。それなのに体がついてこない、という苦しみ。
子どもに呼ばれても、すぐに反応できない。遊んでほしいときに薬が切れていて動けない。
おいしいご飯を作ってあげられず、宅配弁当に頼らざるを得ない。外での遊びに連れ出すのも難しい。
理学療法士として読むと、これはすべて説明のつく現象です。
「オフ時の無動、日内変動、易疲労性。」
臨床所見の名前がつきます。
けれど、当事者にとってそれは所見ではありません。「今この瞬間、子どもに応えられなかった」という一回きりの重要な出来事の一つです。それが毎日積み重なっていく。。
私はここで読み進める手が止まってしまいました。私は日々のリハビリで「動作が改善しました」と記録を書いてきましたが、しかしその改善が、その方の一日のどの場面を取り戻したのか、どこまで具体的に想像できていただろうか、と。
「よい母親」から「手のかかるママ」へ
本書の中で、私が最も重いと感じた一行があります。
著者は、自分が子どもたちにとって「難病で手のかかるママに変わってしまった」と感じている、と書いています。
これは症状の記述ではありません。「自己認識の変化」の記述です。
病気は体の機能を奪います。しかしそれ以上に、その人が自分をどう定義するかを書き換えてしまう。
守る側だった人が、守られる側として自分を認識しはじめる。この転換は、どの検査値にも現れるものではありません。
そして本書には、支援者が家に出入りすることが子どもにとってストレスになるのではないか、頼りたいときに頼りにくい母親であることが寂しさを感じさせるのではないか、というリアルな苦悩まで赤裸々に書かれています。
自分が支えられる側になったとき、その支えられ方が家族にどう映るかまで考えてしまう。この重層的な気遣いが、そのまま「助けてと言えない」という状態を作ってしまうのです。
本書のタイトルが「助けてと言える勇気」である理由が、ここでようやく腑に落ちた気がしました。
私が問いたいのは、支援が始まるまでの空白
ここからは、リハビリの専門家としての話をさせてください。
本書で私が最も引っかかったのは、症状の描写ではなく、「支援が始まるまでの長い道のり」という記述です。
診断がついた瞬間から、支援が自動的に始まるわけではありません。難病の医療費助成の申請があり、介護保険や障害福祉サービスの手続きがあり、そこにたどり着くための情報が要ります。そして、その情報にたどり着くには、「自分から動く」必要があるのです。
体が動きにくくなっている人に、自分から動くことを求める。この構造そのものに無理があるのではないでしょうか。
しかも若年性の場合、40歳未満だと介護保険の対象外で、子育て中であれば、日中は子どもの世話に時間を取られてしまいます。さらに仕事を続けていれば、平日の窓口にも行くことができません。「リハビリの空白期間」は長くなる一方です。
その空白の期間を、誰も担当してはくれません。
医師は診断と薬物治療を担います。私たち理学療法士は、訪問や通所のサービスにつながった時点からようやく関わることができます。つまり、「支援が必要だと制度に認められた」後からしか、現場には登場することはできないのです。
診断された直後の、一番不安で、一番情報がなく、一番助けを求めにくい時期。ここがスッポリと抜け落ちています。
「2〜3年早く出会えていたら」
訪問リハビリの現場で、私は何度かこの言葉を口にされたことがあります。
「あなたと2〜3年早く出会えていたら、違う未来だったかもしれない」
筋力が保たれているうちに。
歩行のパターンが崩れきる前に。
外出をあきらめてしまう前に。
「日常生活のプランニングを早期から一緒に考えられていたら…」と思う場面が、これまでに何度も経験してきました。
これはご本人がやる気がないのではありません。社会保障制度の設計そのものが、私たちリハビリの専門家と早く出会えないようになっている、という構造の問題なのです。
パーキンソン病に対するリハビリの重要性は、国内外のガイドラインでも示されています。にもかかわらず、そのリハビリにたどり着くまでの導線が、診断直後の人には用意されていません。
私自身が10年以上「リハビリ格差の解消」を掲げて活動しているのは、この構造そのものを変えていきたいからです。地域や情報や経済状況によって、受けられる支援に差が出てしまう。その差の最も大きな部分が、実はこのリハビリの空白期間にあると私は考えています。
本書では、その空白の中で過ごした年月を、内側から詳細に記録した一冊です。だからこそ、専門職にとって読む価値があると思います。
誰に読んでほしいか
診断から間もない当事者の方へ。
先を歩いている人の言葉には、医学書にないリアルがあります。特に、子育てをしながら病気と向き合っている方には、自分だけではないと思える箇所が必ずあるはずです。
ご家族の方へ。
「さっきは動けていたのに」と感じたことがある方に。「その症状の落差の内側には何が起きているか」が丁寧に書かれています。
医療・介護の専門職へ。
私はこの層の方達に最も勧めたいと思います。パーキンソン病の病態は教科書で学ぶことができます。
しかし、病気を抱えた人が朝から夜まで何を考えているかは教科書や論文には載っていません。
担当している方が「大丈夫です」と言った際、その言葉の裏側に何が起きているのか。本書は、その想像力を一段引き上げてくれるのではないでしょうか。
なお本書には著者自身のイラストが随所に散りばめられていて、著者の世界観に引き込まれるような感覚が得られると思います。
本書の購入手方法
Amazonのみでの販売となっています。紙の本のみで、書店では購入できず、電子版もありません。
『助けてと言える勇気 〜若年性パーキンソン病と共に生きる、母として、私として〜』(Amazon)
著者は、「売れてほしいのではなく必要な人に届いてほしい」とご自身のブログにも書かれています。もしお近くに、この本を必要としている方がいらしたら、そっと教えてあげて欲しいです。
私も、現場で必要な方にはお伝えしていくつもりです。
執筆者
白石哲也(理学療法士/認定理学療法士・神経筋障害領域/LSVT BIG認定)
リモネック株式会社 代表取締役。訪問リハビリテーションで10年以上、パーキンソン病をはじめとする神経難病の方の生活を支えてきた経験をもとに、リハトレスタジオ世田谷を運営しています。



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